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備忘録

足りないなら足せよ

女子大生取材日記①〜エピソード0〜


初対面の人と話すこと。
電話をすること。
誰かに何かをお願いすること。
地図を読むこと。
人の顔と名前を覚えること。

これらが全部、苦手だ。
そんな私は大学のゼミで、ドキュメンタリーを撮っている。
企画から撮影、編集、ナレーション、最初から最後まで作品を、三か月に一本、自分一人で作る。教授や友人に相談をすることはあっても、全責任は自分で、基本的に助け合いの精神はあんまりない。

上で書いた私の苦手なことは、どれもドキュメンタリーを撮る上で欠けたら致命傷になり得る。
それでも私は、仙台のアーケード街で七夕祭りの片づけ中に街頭インタビューをしたこともあるし、アポが取れるまで電話もしまくるし、行ったこともない個人の家の住所に、グーグルマップだけを頼りに知らない街を30分歩いたこともある。
苦手なことだらけなのに、なぜか未だにここに留まっている。

大学に映像の編集室がある。
うちのゼミ生はみんなここで作品を作っている。隣の席に座って編集をしていた友人は、この夏のコンクールで賞を獲った。

三年生の夏、大きなコンクールに向けて私たちは作品を作る。ゼミに入ったときから「優秀」と言われていた私たちの代は、撮りたかったテーマに自分たちのカメラや取材や、そういったたくさんの技術が追いついた作品を作った。
ゼミの上映会で、人の作品を見ながら、私はそう思った。
自分の作品が上映される中、私この三か月、みんながこの作品を作った三か月、何をしていたんだろう、と本気で思った。

あからさまに作品の出来が開くと、なんというか呆然としてしまうものだ。
自分の撮っていたもののテーマが面白かったという自負はあるのに、周りに確実に劣る作品を作ったことが本当に、本当に悔しかった。
打ち上げの場の勢いで教授にそう言ったら「天才と比べてもね」と言われた。
天才と比べても仕方がない。
そうかもしれないけれど、私はここに留まる限り、この天才たちと競い合わなくちゃならないんですけれど。就活でも、その後の世界でも、私は私を悔しがらせた人たちと競って、肩を並べていなくちゃならないんだけれど。
それに関してはいかがでしょうか。
じゃあ、努力するしかないのではないですか。
諦めるという選択肢がない以上、解答はそれしかない。

再来週からまた取材が始まる。
普段だったら安牌を打つけれど、もうどうにかなりたいのでやりたかった企画をやることにした。
飛行機に乗って、沖縄に取材に行く予定だ。
アポはまだ取れてないけど、とりあえず飛行機もホテルもとった。

苦手なこと以上に、好きなことがたくさんある。
知らない場所に行けること。
知らない人に出会うこと。
人がいればドラマがあるということを確認できること。
好きなものが増えること。
結局辛さや悔しさより、これが上回るから、私はここに居続けるしかない。

次が、学生時代に一人で作る、最後の作品だ。
私はあとどのくらい頑張れるだろうか。頑張ってほしいと思う。思うから、ここにいろいろ書いておく。まだちゃんと動くかすらもわからないけれど。

2016年下半期の私を見てろよ、こんにゃろう。